出入りのたびに鳴る独特なチャイムの音に送り出されて自動ドアの外に立てば、
強いでなく弱いでない雨脚は変わりなく続いており。
家まではあと少しという距離だが、それでも濡れずにはおれなかろうと、
ジャケットの内ポケットへねじ込んであった折り畳みの傘を広げる。
ここまでは軒やアーケードを伝って歩いて来たので要らなかったが、
それでも彼の少年と約束した以上はと律儀に持って来ていたのが出番となったわけで。
ばさりガチャガチャと開いて頭上へ掲げ、もうすっかりと陽の没した中へと踏み出す。
そんな彼の後姿を壁いっぱいの窓越しに目で追って、
店内のカウンターに居合わせたバイトの女性陣がこそこそと噂し始める。
「やん、カッコいい人だよね。」
「モデルさんかな?」
「水商売の人かもよ? 結構遅く来る日もあるし。」
以前はミネラルウォータとか、まれに包帯とガーゼくらいしか買ってかなかったものが、
このところはおむすびも買ってくようになったことなぞ、しっかり見ている彼女らだが、
まさかにポートマフィアに勤めている幹部格のお人だとまではさすがに知らない。
傘の表へ当たって弾ける雨音は、単調なそれだが不快ではなく。
濡れながら翔って帰るとしか知らなかったから何とも思いはしなかったけれど、
雨音を聞きつつのんびり歩めるのも悪くはないと、
雨が糸のように照らし出されている街灯の下、
ゆっくりとくぐった間合いにふと届いた小さな声があり。
「…から、やっちまおうぜ。」
「……の部屋に連れ込んでよ。」
やや距離があるのと、悪巧みだからか声をひそめているので、
雨脚の音にほとんど掠れてしまっていたものの、
不穏な響きには殊更鋭敏な性分なものだから、つい、
何だろうかと視線を巡らせれば。
何かしら建設中の現場らしきフェンスの向こう、
落下物や粉塵除けにと巡らされた薄汚れたシートの陰で、
3人ほどの若い男らが額を寄せ合うようにして何やら密談中ならしく。
夜中なので照明もない中、街灯の頼りない明るみが何とか届く程度の暗がりで、
そんな会話と来ればロクな相談とも思えない。
自分には関係ないかと、歩みを止めもせず通り過ぎかけたが、
「けど、ホントに女か?」
「あの顔は女だろ。」
「けど、胸ないぜ?」
「何だよ、おっぱいないとまずいのか?」
「男ならならで、有り金巻き上げて放り出しゃあいいさ。」
一人がはははと笑った品のなさに鬱陶しいなと眉を寄せたが、
そんな彼らが立つ位置より奥まった辺り、
歩みを進めたことで見えてきた、
重機用の駐車スペースだろう空き地に佇む人影にはっとして立ち止まる。
どのくらいそこにいるものか、すっかりと濡れそぼっている痩躯に見覚えがありすぎて、
さっきの連中が話していたのがこの人物への企みなら看過なぞ出来ず、
「……。」
前をきっちりと閉じているジャケットのその胸元へ手を伏せ、
やや伏し目がちとなると、
その身の輪郭から、周囲の暗がりよりなお暗い、
縄のようなものが鎌首上げてゆらゆらと立ち上がる。
肩先からかざしていた傘を器用に避け、
通り過ぎかかっていた後方へしゅんッと素早く走ったそれが
一体何をどうしたものか。
首を絞められたガチョウのような野太い声が数人分上がって、
それへ緩慢な動作で顔を上げた彼だったのへ。
やはり幌のようなシートがカーテンのようになっている搬入口から踏み込むと、
傘が弾く雨音共にゆっくりと近づいてゆき、
「…貴様が言ったのだぞ? 雨が降ったら傘を差さねばと。」
風邪をひかないようにと案じた心持ちの裏返し、
でないともう会わないのだからと、この子には精いっぱいの意地悪を持ち出した、
当の本人が、それはぐっしょりと濡れそぼち、
表情も覚束ぬままにこんなところで佇んでいようとは。
「帰るぞ、人虎。」
傘を差し掛け、そうと声を掛けてもどこかぼんやりしたままの少年なのへ、
どうしたものかと、だがさして表情はさして変えぬまま、
我慢比べのように自分も立ち尽くしていた芥川だったが、
「…中也さんを呼ぶか?」
「…っ。」
途端にはっと顔を上げた敦が、何とも言えない表情となったのがあまりに意外で。
吸い込んだ息の音が聞こえたほど、生き返った感のある変わりようだったが、
大きく見開かれた双眸には見る見ると雨とは違う膜が張り、
くしゃりと歪んだ顔が苦しげで。
“ああ、これは…。”
他でもない自身に覚えのある顔だと視線がつい逸れてしまったが、
会いたいけれどそれが叶わぬ痛さに歪んでいる貌を、何故この子が見せたのか。
そこのところは本人に訊くしかなく。
そうともなれば尚更に、
雨に濡れつつこんなところで立ち話というわけにもいくまいと。
だらりと下ろされたままの手を取り、さあおいでと促す兄人だった。
to be continued.(17.05.30.〜)
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*またまた、何か事情ありな始まりようですが、
それほど大きい話じゃありません。(今言うか)
ちゃっちゃと書ければいいのですが。

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